塾通いは本当に必要ですか?

(「目を通した参考書・問題集/20211125日更新」の冒頭に書いていたものですが
 あまりに長くなったので別記事としました。)



いい参考書や問題集が少ない時代には、いい授業が求められ、
塾や予備校が提供する授業に存在価値がありましたが、
いい参考書等が揃い、あふれている現在においては、わざわざ授業を受けるメリットが乏しくなりました。
むしろ、塾に時間を取られて逆効果になっている場合も多々あると思います。

いい授業についても、スタディサプリ等、信頼できるものが、ネット上に安価に提供されていますので、
いつでもどこでも見たい部分だけを直ちに見ることができます。塾の授業は不要になったといえます。
アマゾンの普及で書店がつぶれていったように、授業を売っているだけの塾・予備校も消えていくでしょう。
「授業をしない」ことを売りにしている武田塾が伸びているのも、うなづけます。
授業を売りたい塾が、いろんな宣伝文句を考えて誘っていますが、嘘は見透かされています。
「少しでも取りこぼすと次の学年の授業がわからなくなる」といった脅迫的な広告を出している所には
ひっかからないようにしてほしいです。「まちがった勉強方法をすると戻せなくなる」も大ウソです。
「このレベルの授業は奇跡」なんて自画自賛している所にもひっかからないでほしいです。
(ひっかかる人がいるおかげで助かっている面もあるのですが)

そもそも、すべての内容を授業にすることは、ライブでは不可能です。時間が圧倒的に不足します。
高校で時間を取られ宿題にも取られ、残った時間を塾の授業に取られてしまうと、自分で勉強する時間が残りません。

また、授業をいくら受けても、わかったつもりになるだけで、実力はつきません。
授業を受けて問題が解けるようになったとすれば、それは解き方を丸暗記したからで、
実力がついたからではなく難関大学の入試には役立ちません。
塾で授業を受けている人は、その時間を勉強時間に算入せず、自分で問題を解いている時間のみを
勉強時間と考えた方がいいです。身につけた実力のみが本番で役立ちます。

県立高校入試では毎年同じような簡単な問題が出されるので、授業を受けて問題が解けるようになれば
高校には合格します。その経験がある人は、大学受験でも同じ方法でできると誤解しがちです。
そういう人が、授業を売っている塾に入るのでしょう。
多くの塾は、英語だけとか、数学だけとか、複数教科に対応していても実質上英語だけとなっていますが、
東大合格者が出た、医学部に合格したという広告をしています。
1科目だけで合否が決まるはずがないのに、それに乗ってしまう生徒や保護者が多いです。
経験がなく判断材料に乏しい状況では、しかたのないことかも知れません。

ネット上の情報と同じく、真偽入り乱れて存在しています。
不安をあおられ誘い込まれたものの、わからないことがわからないままで、ただ授業に出ているだけとか、
とりあえず次のテストに出る情報を渡され、訳や解き方をひたすら丸暗記するだけとか、
やたらと難しい問題を解かされ宿題も出されて、実力がつかないまま負担だけが増えているとか、
宣伝広告の内容がすごいので、自分もいつかそうなるんだろうけど実感がまったくないなあとか、
そういった塾に入られているとしたら、塾選びに失敗しています。
東大合格者が出た塾だから、そこに通えば東大に合格できるのでしょうか。
学年で1位の人が通う塾だから、そこに通えば成績が向上するのでしょうか。
派手な宣伝文句は、すべて事実なのでしょうか。
学年順位が大きく上がった人は、その後も上がったままなのでしょうか。
少し冷静に考えれば矛盾や嘘がわかるのに、ひっかかる人が多いのは悲しく思います。
プライドが高い生徒は、そうした塾に通っていることだけで、ステータスを感じるのかも知れません。
そうであればそれでいいと思います。

ステータスを感じるためではなく、成績を上げるための方法として、
塾に通うことは妥当なのでしょうか。塾通いは本当に必要なことなのでしょうか。

「塾にいかなきゃ!」と思うのは、2つの意味で盲信・錯覚です。
1つは、よい授業を受ければ、できる生徒になるという盲信です。
わからなかったことが、わかるようになる場合もあるでしょうが、それはわずかな部分にすぎません。
大半は時間とお金の無駄遣いです。集団授業の限界です。少人数クラスであっても同じです。
もう1つは、求めているのは、よい授業だという盲信です。
生徒が求めているのは、よい授業ではなく、個々人がつまづいた点、わからなくなった点について
タイミングを逃さず解消できる場です。一方通行の授業、集団授業では叶いません。
言っていること、書いてあることは、一応わかったけれど、なにかスッキリしないとか、
解答は理解できるけれど、自分の考え方・解き方のどこがおかしいのか理解したいとか、
わからないけれど、なにがわからないのかもわからなくて質問できないとか、
そういったモヤモヤを解消できる場こそ、本当に求めているものであるはずです。
自分で問題を解き始めると、授業でわかったつもりになっていたことが全然わかっていなかったことに
気づき、質問したいこと・確認したいことが山のように出てきます。
授業を売っているだけの塾では、対応できないことなので、求めているものと現実とがずれています。
「質問できます」と謳っていても、実際の対応がどうなのかはわかりません。
「その質問はあの先生に」「あの先生は今は授業中だから」「あの先生は今日は来ないから」
「今は忙しいから」と言われたり、「来週回答するから」と言われたりすることが多いと思います。
メインの業務ではなくオマケにすぎないので。科目ごとに質問先を変えなくてはならないのも面倒です。

県立・私立を問わず、高校教師が「塾には行かなくていい」と言うことがありますが、
それはある意味正しいです。
(学校の授業の質があまりに残念なために塾に走る生徒が大半となっている現状を
 高校の教師は受け入れ反省してほしいものですが。)

「授業」を追加しても、自分で問題と向き合う機会を作らなければ、伸びようがありません。
塾に通うことで、自分で問題を解くための時間が削られるのは、おかしなことなのです。
学校の授業がわからないから、学校の授業がいい加減だから、だから塾の授業を受けるんだ、
という気持ちはわかりますが、授業だらけで、自分で考え自分で問題を解く時間がなくなります。
大変だからといって、思考停止して、短絡的に塾通いを選択している人が多いように感じます。
学力向上に特効薬はありません。
自分で考え、自分で覚え、問題演習量をどんどん増やしていく中で向上します。
特効薬を求めるその発想が間違っています。

授業が必要であれば、ネット上の授業がベストです。
いつでも必要なときに必要な部分だけをすぐに見ることができるのはネット上の授業だけです。
映像授業中心の塾・予備校もありますが、確認テストやミーティングなど余分な時間を取られる
ことが多いですし、校舎との往復時間もムダです。なにより受講料が高すぎます。
授業が必要であればネット上のもので短時間で済ませ、自分で問題と向き合う時間をたっぷり取るべきです。