ただ言われた通りにやったら合格する、そんなルートを作って与えてほしい・・・

成功したければ、
それに見合った成長をすることが必要です。

目指す大学に合格したければ、
それに見合う実力を身につけた自分に成長することが必要です。

あたりまえですよね?
しかし、高校生の中には、
「自分は成長せずに、成功だけしたい」
と本気で思っている人もかなり多くいるそうなのです。

14日にオンラインでミーティングをする予定の人との事前の
打ち合わせでそう聞いて、軽くカルチャーショックを受けました。

自分の成長を諦めているけれど、結果は欲しい。
もし、結果が出たなら勝手に成長するだろうから、先に結果が欲しい、
らしいです。

大学受験にあてはめると、
できるだけ楽をして、頭を使わず、最小限の努力で志望校に合格したい。
ただ言われた通りにやったら合格する、そんなルートを作って与えてほしいと、
本気で願っている人ということになります。

これは、県立高校受験や難しくはない私立中学受験(茗渓など)を
指導する塾の弊害でもあるでしょうね。
過去問を繰り返し解かせて、過去問と似たような問題だったら解ける、
という、中高の受験で点数は取れたけれど大学受験で潰れる典型的な高校生を
つくり出す、麻薬のような指導法です。

出題される問題がだいたい毎年同じである学校には、過去問やそれと似たような問題を繰り返し解いて、
解き方だけ、頻出の知識だけ、丸暗記すれば、思考力などが育っていなくても合格できます。
ただ言われた通りにやったら合格する、そんな受験です。
本番でも解き方を思い出して同じように解いて合格しただけの人は、
頭をトレーニングする機会をムダに過ごしてしまっています。
賢くなるチャンスを逃し、知識を増やしただけで、むしろ頭を悪くしてしまっています。
それなのに、自分は合格したから賢いなどと錯覚してプライドを不釣り合いに高く持って
しまったならば、その人は不幸です。
宝くじで偶然何億も当たってしまったような人と同じです。幸福にはなれません。

大学受験も同じようなものだろうと思ってしまうのも、しかたないかも知れません。
だから、塾に対して、
ただ言われた通りにやったら成功する、そんなルートを作って与えてほしいと
求めるのでしょう。
超難関大学に合格した人が通っていた塾を探しだして、そこに入りさえすれば
同じように合格できるんだと錯覚してしまうのでしょう。
合格実績や、成績が上がったという宣伝につられて入塾してしまうのでしょう。

ただただ、かわいそうな人たちです。

そういえば、と、思い当たる人がいました。
以前、一時期だけBENBUに在籍していて、
英文和訳の問題で辞書をひきまくり、最初に出てくる訳語をそのまま使って
意味不明な日本語にして、和訳ができたとしていました。
書いた訳の意味は「わからない」で通して、自分の頭で考えることを拒否し続けました。
楽しむために中学受験する人が多い私立学校の生徒だったので、
なるほどなーと今では納得できます。
ただ言われた通りにやったら合格する、そんなルートを作って与えてほしかったんですね。
自分では考えたくないから、言われたとおりの作業をすれば合格するようにしてほしい、という
ことだったのでしょう。
そういえば、そういえば、と、その学校の生徒については、次々に思い当たることが出てきます。
推薦狙いの生徒が多いこと、
部活中心の生活で、テスト前だけ夜更かしでテストに出る所だけを丸暗記して
テストをクリアする生徒が多いこと(出る問題が事前に公表されている)、
などなど、入ってくる情報がすべてあてはまってきます。
来年度からはその学校の生徒は、原則として受け入れないことにしようかと思います。
現時点でBENBUに在籍しているその学校の生徒は、だいじょうぶです。
きちんと努力できる人ばかりです。その学校の中では例外的な生徒でしょう。
もし、推薦狙いで部活三昧の生活をしていて勉強はあまりしたくないという部員がいれば、
そう遠くない時期にBENBUを離れることになるとおもいます。
勉強をしたくない人は、BENBUには向きません。

難関大学の入試問題を見れば、単に解き方を覚えただけ、単語を覚えただけでは
全然太刀打ちできないことがわかるのですが、
これがわかるためには、一通り高校課程の勉強を終えることが必要で、
高3の秋頃にようやく一通り終わってわかったとしても、手遅れです。

成長せずに成功できることなんて、ほんとはないんだ、
自分の頭で考えて自分の脳を発達させないと難関大学・学部に合格することなんて、
ほんとはないんだ、
県立高校受験や簡単な私立中学受験は、成功でもなんでもなかったんだ、
と悟ったうえで、
これじゃダメだ!成長したい!!と心底思わない限り、変わることはないでしょう。
下手に成功体験を持ってしまったがために(その合格は成功といえるものではなかったのですが)、
それが足枷となって不幸になっていきます。

まわりがどう言っても受け入れないことが多いと思います。
本人が、本気で変わりたい、成長したいと、思うタイミングを待つしかありません。